<2005年9月号>


第14回吟行記8月18日(木)

参加者 聖子 節子 光子 由紀子

関門海峡クルーズと門司港レトロの黄昏   

今年の夏も厳しい暑さである。空梅雨傾向のまま八月となったので、この暑さは一段と体に堪える。お盆明けの18日が吟行句会日。
吟行するとなると、冷房の効いた建物に逃げ込むか、暑さを避けて陽の沈んだ頃にするしかないと吟行地を探す。光子さんお薦めの「門司港レトロ」を候補地にあげる。「門司港レトロ」は吟行地として最適ではあるが、聖子さん、節子さんの住んでいる大野城や春日からでは、片道2時間近くかかるのがネックである。が今では北九州を代表する観光地の門司港。クルージングや海に沈む太陽を見ることができれば、暑さも時間も忘れるのではないかと、句会前日に「関門海峡クルーズと門司港レトロの黄昏」と銘うって予定表をメールする。

  

18日14時33分門司港駅集合。間違って1時間も早く家をでてしまった理由を夏バテのせいにしながら、駅で皆を迎える。
イタリヤのテルミニ駅を参考にしたという大正3年に造られた駅舎は、美しいルネッサンス様式で重要文化財になっている。改札口をでた瞬間から大正時代の雰囲気だ。「切符売り場」「待合所」を横目に駅舎をでると、駅前広場は地面から噴水が上がり、小さな子供たちがびしょびしょになりながら遊んでいる。見守っているお母さんたちも楽しげだ。何台かの人力車が客を待っている。真っ黒に日焼けした人夫が若い女性二人に声をかけている。そばを通る私達とは視線が合わない。
15:00出港の「海峡クルーズ」に間に合うように足を早める。駅前に大きく「日本郵船」と書かれた白いビル。その先に「旧大阪商船」のオレンジ色の外壁が見えてくる。中はギャラリーとなっているので見学するのもいいが、15:00が最終クルーズ。切符売り場に急ぐ。14:50から乗船という。。小さなボックスのような発券所で切符を購入していると、横の「跳ね橋」がもうすぐ上がり始めると放送がある。目の前には関門海峡、対岸には下関、関門橋、巌流島。これから50分のクルーズ船「ボイジャー」の遊覧がはじまる。団体客がいないので、ゆっくり二階席に上がる。「ボイジャー」は丸いUFOの形をしているので、席は皆窓際だ。デッキにでて風にあたることもできる。

炎昼に跳ね橋重く上がりたる      由紀子

水脈白く残して夏の船は行く        聖子

出港した船は、波しぶきを上げて進む。乗客はしばらく窓越しにみているが、そのうち一人、二人とデッキに出て行く。潮風特有の少し肌にはりつく風ではあるが、思いのほか速く走り、そのスピード感が気持ちいい。関門橋の橋桁の下には、神事で有名な「和布刈神社」がある。それらしい神社が小さく見えてくる。もともと小さいのだが、船上からでは殊更である。
船下の渦巻く潮に見とれる。あちこちに渦ができ、潮流は速いのに動かない箇所があったり、見て飽くことがない。この辺りは「早鞆の瀬戸」と呼ばれ、潮流は潮の満ち干によって速くなったり、遅くなったり、流れる方向が変わったりする。船舶は皆海岸に設置された信号や海に浮かぶ航路標識を確認しながら航行する。橋の近くに E4↓(西から東の流れ・4ノット・潮流がだんだん遅くなる)と大きく信号がでている。

ここにまた渦を作りて秋の潮       節子

湧き上がり吸い込まれゆく秋の潮    光子

海峡の渦のぞきこむ秋暑し       由紀子

速い潮流に、丸い遊覧船は独楽のように流れて行く。満珠・干珠の小さな二つの島の手前で下関側へと方向を変える。ここが壇の浦だ。この潮流の変化を利用した「壇ノ浦の合戦」が平家滅亡へとなる。

秋の潮深き色なす壇ノ浦          聖子

下関側の赤間神宮(安徳天皇祀る)や唐戸市場・カモンワーフ・海響館(水族館)を眺めながら船は流れに逆らって西の方向へと進む。海響館を過ぎ、三菱重工のドッグあたりに「巌流島」がある。半分は三菱重工、残り半分が下関市が所有しているという。大河ドラマ「宮本武蔵」の放映で、巌流島は以前よりきれいな公園として整備されている。ここを眺めながら船は遊覧を終える。
50分は長いと思った遊覧も、乗ってみるとあっという間だ。「関門海峡の眺めは海からが良い」とある作家が言っているが、確かに間近に迫る海峡沿いの山並みは緑濃く、空と海を抜けていく風に吹かれながら港町を眺めるのは、ひと時旅人の気分にしてくれる。

ゆるやかな坂や残暑の港町        節子

海峡の潮流変わる法師蝉        由紀子

  

遊覧船から降り、今は通行可の「跳ね橋」を渡り「門司港レトロ展望室」へと行く。黒川紀章氏が設計した高層マンション「レトロハイマート」の31階にある展望室は全面ガラス張りの開放的なフロアで、360度門司港を見渡すことができる。東側には「和布刈公園」が見え、「めかり山荘」や「平和パゴタ」が同じ目の高さだ。その先に周防灘が広がっている。眼下には屋根に「出光美術館」と大書きされた大正期の倉庫を改装した美術館がある。西側には門司港駅を中心にした街並み、「レトロ街」と呼ばれる大正期の建物や「海峡プラザ」「門司港ホテル」などが船だまりの周りに建ち並ぶ。新しくできた「海峡ドラマシップ」が少し離れた所にあり、巌流島、本州の彦島、そして響灘と続く。珈琲を飲みながらしばらく海峡の町を眺める。
レトロとは程遠い近代的なこのマンションは生活臭が全くなく、この景色を毎日見ながら暮らす住人はどんな人だろうかと思う。地上103メートルからの眺望はすばらしい。展望室より下り、隣接の「国際友好記念図書館」に入る。帝政ロシアが中国(大連)に建設した東清鉄道オフィスを、北九州市と大連市の友好都市締結15周年を記念して複製建築したもので、一階は中華レストラン、二階三階は図書館や資料展示室になっている。本や文献は中国を中心にしたものだ。小部屋には絵本も置かれている。

日盛りの図書館の窓外は海        光子

図書館のてすりの点字秋立ちぬ     節子

ドーマ窓と呼ばれる小窓のそばには本を読むための机や椅子や灯りがある。座ってみる。外は海。一人読書するというより、なにか秘密の話をするような雰囲気だ。低い三角天井に、そこだけ奥まった空間がそう思わせるのだろう。17:00すぎになったので、少し離れているが予定の「海峡ドラマシップ」に歩いて行く。ここでは「義経展」が催されていて、パネルや人形の展示、立体的な映像など楽しむことができるが、閉館時間に近づいたので、「海峡レトロ通り」のみを見学する。門司港に実在した大正時代の建物や路面電車を復元し、当時の人々の風俗を再現したゾーンだ。「バナナの叩き売り」をする人見る人。日本髪を結った女性、銀行の前で話している男性。セメントらしきもので作られた人形は、薄暗い通りに実物大に立っている。買い物コーナーもあり、「竹下夢二」グッズ、「鶴太郎」グッズ、ガラスのアクセサリーなどが売られている。
ここで夕日をみながらの食事、句会の予定だったが、来るときの怪しげな雲が気になり、駅に近いお店に変更する。実際来てわかったことだが、ここから見る八月の夕日は海に沈まない。対岸の彦島に沈む。外にでてみると時折遠くより雷の音がする。閉館間近の駐車場は広々として車はわずか。岸壁には船が何隻も繋がれ、先程の遊覧船「ボイジャー」も繋がれている。警戒船と書かれた船が横付けされているが、巡視艇とは違うのだろうか。四国の松山や対岸の下関行きの連絡船乗り場を通り過ぎる。

  

警戒船万寿と書かれ港秋         節子

夕凪を関門渡船出てゆきし        光子

気がつけば鳴く声間遠く秋の蝉     聖子

「海峡ドラマシップ」から第二句会場の「海峡プラザ」へと移動する。雨粒がぽつりぽつりと落ちてくる。500メートル近くあろうか、それ以上に遠く感じる。節子さん、由紀子は海側のプロムナードから駅の見える所まで小走りにくる。聖子さん、光子さんを待っている間、何気なく横の建物に目をやると、「港町9番」と書かれている。町名が「港町」なのだ。
八月の午後6時はまだまだ明るいが、夕立雲の出てきた港は少し薄暗い。「海峡プラザ」の中にあるバイキングレストラン「アレッタ」に入る。広い個室のような喫煙席のほうが、まだお客がいなく句会ができそうだったので、一番手前の端のテーブルを陣取る。とりあえずテーブルいっぱいに料理を並べ、それぞれ好きなものを食べる。帰りの電車の時間があるので、食べながら句作し短冊に書いていく。今月は吟行した景色や思いを心に仕舞い込んで、3句出しとする。おしゃべりとバイキングの食事と句会とであわただしく時間がすぎたが、句会とそれぞれの選評など、やはり俳句でしめることができると爽快だ。あと何分といいながら外にでると、まだ夜になりきっていない空に、雨に濡れた門司港の灯りがつきはじめている。

  

地ビールのネオン港の黄昏に       光子

ほつほつと夕立去りたる港の灯    由紀子

静かなるネオン灯り秋涼し         節子

門司港ホテル前の船上レストランのネオンが灯り、涼しくなった広場は、昼間と違った港の顔をしている。
「門司港レトロ」は今年で10周年。観光地として脚光をあびる前の門司港は、関門トンネルの開通や近隣の港の整備などで衰退し、明治から昭和初期の大陸貿易の基地として栄えた頃の建物が点在する斜陽の港町だった。駅は鹿児島線と日豊線の始発駅ではあるが、北九州の中心が小倉となり九州の玄関口にはならず、どこか忘れられた町のような気がしていた。北九州市が「門司港レトロ」再開発事業を推進したおかげで、今では北九州一の観光スポットだ。門司港駅の向こうには山々が暮れていき、街の灯りが涼しげに山に張り付いている。その上に月が丸くあがっている。

門司港の駅舎にかかる夏の月      光子

北九州の良さを実感した一日となる。予定の電車に乗り込み小倉まで行き、節子さん、聖子さんは特急に乗り換える。解散。