<2006年4月号>


第21回  平成18年3月16日

参加者 聖子 光子 真理子 由紀子

佐賀城下「ひなまつり」(佐賀市)

二月の吟行地・祐徳稲荷の帰りに、三月は「お雛祭り」に行こうということになった。日田(大分県)や柳川(福岡県)の「雛祭り」は毎年多くの観光客でにぎわっているが、佐賀市でも「お雛祭り」が催されているという。祐徳稲荷のある肥前鹿島より博多寄りなので時間的にも無理がない。節子さん、聖子さんは時々用事で佐賀市には来ているようだが、光子さん、由紀子ははじめてなので二つ返事で承諾する。

佐賀市はもちろん佐賀県の県庁所在地なのだが、不思議なくらい観光地としての知名度はない。有田や唐津、嬉野、吉野ヶ里と個々の地名を言ったほうが分かりやすく、「そうか、有田は佐賀県にあるのか」といった具合で、佐賀市から浮かんでくるものがない。だが36万石の城下町として栄え、古伊万里、柿右衛門様式、色鍋島などの磁器やきらびやかな佐賀錦などの伝統工芸が受け継がれている佐賀藩鍋島家の「お雛さま」を見るのは楽しみだ。

 今回節子さんが風邪のため欠席となり残念だが、四人で佐賀駅からタクシーで雛まつり会場へと行く。生憎の雨となったが会場の駐車場は混んでをり、最初の会場「徴古館」(ちょうこかん)には次々と見学者が入っていく。ここは元々佐賀藩鍋島家伝来の御道具類や古文書等が収蔵されているところで、薄暗い館内には幕末から近代にかけての鍋島家11代−13代の夫人の雛調度が部屋いっぱいに展示されている。豪華な雛調度には其々お印がついており、ミニチュアのお琴や三味線には弦がきちんと張られるなど皆精巧な作りである。今年は徳川家から興入れした10代夫人の「葵御紋付御所人形」が三年ぶりに公開ということで、正面に展示されている。そして奥の展示台にはボンボニエールがたくさん飾られている。中にはいくつか金平糖もはいっている。

      
「徴古館」                       「次郎座衛門雛」

「徴古館」から「佐賀市歴史民俗館」といわれる佐賀の古い屋敷の残っている通りへと歩いていく。散策ルートである川沿いの木々は少しづつではあるが芽吹きはじめ、整備された岸には菖蒲の芽が伸びている。所々に置かれている寝そべった河童の像が愛くるしい。古い看板を掲げた写真館などを写真に収めながらいくと、鍋島藩祖を祀っている「松原神社」が見えてくる。その神社からまっすぐのびた門前町通りに今日の食事処「松川屋」がある。江戸末期から続く老舗宿らしく、森鴎外の投宿(小倉日記に記述)や映画「張り込み」ロケのスタッフの宿泊所になったり、映画関係者とのご縁など話題に事欠かないお店である。ここで「お雛御膳」をいただいてから、近くのお雛様会場の「旧福田家」へと足をのばす。
この屋敷は実業家の福田氏が大正7年に建てた近代和風住宅で、玄関を入ると佐賀錦のお雛様が部屋ごとに飾られていて、実際に佐賀錦を機で織っているところを見せてくれる。特別な和紙に金箔や銀、漆などを張ったものを細かく裁断したものを縦糸にし、染色した絹糸を横糸として織り込んでいく手作業は根気と精巧な技術がいるものだ。柿渋の独特な匂いがする。

       
    「旧福田家」                「佐賀錦の機織実演」

 次の雛会場は「旧古賀家」。古賀銀行の創設者、古賀氏が明治17年に建てた武家屋敷に似た様式の住宅。ここは「鍋島小紋」を纏ったお雛様が「円」をテーマにした飾り方で展示されている。座敷いっぱいに飾られた大小のお雛様は愛らしいものばかりだ。「鍋島小紋」は、江戸時代佐賀藩鍋島家が裃に使用していた紋様で、「胡麻の殻」の断面を図案化したものという。明治以降、幻の紋様になっていたものを人形に着せることで佐賀ならではのお雛様をつくろうと取り組まれた女性人形作家の努力の賜物だ。ここではお琴の演奏やお茶席も用意されている。別棟のお茶室で、お雛様の掛軸をみながらお抹茶をいただく。

 辺りには、まだまだ古い屋敷を利用して展示や催しものがあったが、そろそろ句作・句会の時間も気になるので、句会場として館内にレストランもある「旧古賀銀行」へと急ぐ。吹き抜けや装飾など貴重な洋風建築の粋を集めた洋館には、一階の正面に「古今雛」が、二階の頭取の部屋には「箱雛」が、他の部屋には和紙の雛人形などが展示されている。「古今雛」の前には、壷や皿などの「色鍋島」が数多くガラスケースに展示されている。佐賀藩の御用窯として作られた焼き物である色鍋島は、一般には流通せず城内や献上品としてのみつくられたために世界的にも高い評価を得ているが、その伝統を現在まで引き継いでいる歴代の今右衛門の桃の絵の作品と、14代今泉今右衛門の新作だ。桃の絵は、雛祭りに因んでのものである。これらを眺めながらの句作・句会にピアノの生演奏が心地良い。

          
「色鍋島」                    「古今雛」

「旧古賀銀行」の「古今雛」は佐賀藩の支藩にあたる小城鍋島家伝来のものと説明があるが、長顔に豪華な冠。「徴古館」で見た雛は丸顔もあり、長顔もあった。雛人形の起源となっている形代(かたしろ)から紙雛、立ち雛となり、飾って楽しむ座り雛となって現在に至るまで、雛人形にも流行や種類があることを知る。

寛永雛・・・・・・江戸時代前期の最も古い座り雛
享保雛・・・・・・寛永雛の流れで江戸時代中期 庶民向きの町家あたりで飾られ、能面のような面長の雛
次郎座衛門雛・・・幕府の御用達、雛屋次郎座衛門が作り始めた雛 上流階級用だったが、庶民向けにも出回る 丸顔
有職雛・・・・・・公家など上流階級が特注で作らせた雛
古今雛・・・・・・江戸で流行した豪華な町雛だが、身分を越えて珍重され古今様式の京雛もできる写実的な顔で現代の雛人形に引き継がれている

「徴古館」の鍋島家11代夫人栄子(ながこ)さまのお雛様は有職雛と独特な丸顔の次郎座衛門雛。13代夫人紀久子さまのお雛様は有職雛。「旧古賀銀行」の古今雛。そして佐賀の伝統工芸に身を包んだ現在のお雛様。時代とともに変遷したお雛様を堪能することができた。

 来た時の川沿いの道から中に入ってアーケードの商店街を歩いて大通りまで行く。商店街の靴屋からうどん屋まで至る所に大小のお雛様が飾られ、街全体が「おひなさままつり」で華やかに彩られている。街中の「恵比須ギャラリー」には「お菓子のひなまつり」といって、お菓子の神様である「中嶋神社」(伊万里)を祀り、雛菓子や佐賀伝統の菓子を展示、販売している
目にも口にもやさしい佐賀城下の「おひなさままつり」でした。佐賀駅から特急に乗り、それぞれ家路につく。解散。

雨どいに緑青ふきし雛の宿      光子

丸顔もあり長顔も雛館         由紀子

うどんやのショーウインドウ雛飾り  聖子

アーケード茶屋も服屋も雛飾り    節子

佐賀錦織る指先の楓の芽      真理子