吟行記

平成19年11月号】


第39回平成19年10月18日(木)

参加者 佳与子 節子 聖子 光子 真理子 由紀子

北九州美術館・高見神社(北九州市・八幡東区)

 佳与子さんが北九州に新居を構えて三ヶ月近く経つ。新居は「高見」。新日鉄が官営八幡製鐵所として建設された頃製鐵所用地となった為に、この地区に遷座された「高見神社」や所長官舎を頂点にその下に管理職官舎などが建ち並んでいた場所だけに、「高見」は新日鉄関係者にとっては特別な地区。現在古い社宅群は取り壊され、入口にいた守衛もいなくなったが、三棟の社宅とマンションや戸建住宅の高級住宅街に変わっている。裏手の小高い山は雑木林だが、遊歩道が整備されていて抜ければ「北九州市立美術館」に出る。自然に恵まれた「高見」をゆっくり散策しようと以前から話にはでていたが、住人の佳与子さんならではの情報で、句会日の第三木曜日の10月18日は高見神社の「秋季大祭」というので、さっそく吟行することに決まる。



<高見神社全景>

 当日10月18日福岡組は八幡駅下車。高見のスーパーマーケット「スピナ」(旧テツビル)の駐車場にて10時半集合する。朝方の急な冷え込みに皆長袖やスカーフを身につけている。10月になっても最低気温が20度を越えていたので、まだ夏物でもよかったのだが、さすがに朝夕は肌寒くなってきている。待ち合わせの駐車場の桜の葉も黄ばんでいる。高見神社の「神輿御神幸」は午後4時からなので、午前中は裏手の美術館やその周辺を散策予定。神社から続く山道をゆっくり上るのもいいが、午後からの高見周辺の吟行を考えると無理をしない方がいいということになり、車二台に分乗して美術館へと行く。高台にある美術館は眼下に響灘や北九州の工場群を見渡せる。建築家・磯崎新氏の「丘の上の双眼鏡」と呼ばれる斬新な美術館も見慣れてくると特に感慨もないが、入口付近に咲いている一本の桜に目を凝らす。「十月桜」の立て札が真新しい。すでに満開は過ぎているが、秋の澄み渡った空に淡く咲いている桜は、春とはまた違った趣きで楚々としている。桜を見ながら、森から聞こえてくる鳥の声を聞きながら、それぞれに持ってきた「おやつ」を分け合い美術館前の階段でいただく。これがまた美味しい。

  

散り初めの十月桜色濃くて       聖子

公害の街とは昔秋晴れて        佳与子

 美術館の双眼鏡といわれる片方部分の展示室に入る。窓の明かりのみの薄暗い部屋には、手で触っていいのかと思えるような仏画やデザイン画などの書籍が並んでいる。館内は「書展」があっているが訪れる人は少なく静かだ。美術館の周辺には、ブロンズ像や彫刻や凡人には訳のわからない鉄屑を積み上げただけのような現代アート作品などいくつかのモニュメントが野外展示されている。それらを見ながら高見神社に続く裏山に少し足を伸ばす。やしゃぶしが青い実をつけ、まだ青々とした楓の葉が木洩れ日に時折揺れている。

秋桜書展第一企画室         佳与子

小鳥来る美術の森の母子像     由紀子

昨夜の雨落葉しそめし道にあと    光子

美術館裏の小径やめじろ鳴く     節子

落葉道ロマンチックになれなくて  真理子

美術館からまた元の高見の駐車場に戻り周辺を散策する。大通りに沿って流れている板櫃川の水辺に下りて行く。この川は豊前の国と筑前の国を分ける川だったらしい。自然を残した川の水は澄んでいて小魚が泳いでいる。数珠玉や溝蕎麦、野菊など秋草の中に流れる川。白鷺や蜻蛉もいる。

秋の野も森もありけり鉄の街    光子

数珠玉の玉と呼ぶには柔く     聖子

昼食は住宅街の一角にある「都や」。大きな看板を掲げていないので車で行くと見過ごしてしまいそうなお店だ。「道場六三郎」の書が廊下や部屋に飾られているのが印象的な小奇麗な和食処で、佳与子さんが下見を兼ねて何度か足を運んでくれている。三時まで部屋を使えるのでここで10句の句会。

  

句会後は高見地区の住宅を通り抜けて神社へと向かう。北九州の桜の名所と言われたほど美しい桜並木は僅かしか残っていないが、新しく植えられた桜の木や花や庭木の多い街並みは美しい。雨水を流す側溝はポンプで汲み上げて流す「せせらぎ」で自然の小川のように作られている。この日水は流れていなかったが、紫式部の小粒の実が色づき、植えられている花木を楽しむ。一角に「藤袴」の咲いている道がある。下見の時にたまたま見つけたのだが、そこで「アサギマダラ」が乱舞していた。今日はどうかなと覗くとまたしてもアサギマダラがいる。「国境石」と旧市長公舎を通り過ぎて「高見神社」の鳥居にたどり着く。こんもりとした森の中にある神社の階段を上る。静かだが「高見大神宮」の大きな旗に否応なく祭りの昂りを感じる。本殿前には三台の樽みこし、奥に神輿が置かれている。ちらほらと稚児たちが控え室から出てきて神輿の前で写真を撮りだした。この大祭には我が家の子供達も稚児の装束を着て参加したが、当時は親子共々着飾り人数も多かった。今装束を着た子供たちの足元は皆歩きやすいズックで、付き添いの母親達も幼稚園のお迎え姿で特別な日という感じではないが、手に皆カメラを持っている。

  

稚児姿ちらほら秋の祭前       真理子

おがたまに人増えてきし秋祭り   真理子

秋祭稚児装束のVサイン        光子

地下足袋もはっぴも真白秋祭り    節子

爆竹の音に始まる秋祭         節子

秋祭り神輿担ぎの点呼かな     由紀子

  

 神輿を担ぐ男衆たちの一団が本殿前に集まりだした。聞けば新日鉄の社員達だという。赤いお面の天狗もいる。下の広場に行くと青い法被の子供達が列をなしている。関係者がマイクで注意事項など伝えている。午後4時10分に行列が始まるという放送があるが、祭り前の様子に満足し、佳与子さんの新居に伺う。途中新しい所長官舎や「高見倶楽部」(杉田久女が楊貴妃桜の句を作った旧公餘倶楽部)の前を通る。新居の九階から見る景色は素晴しい。緑が多く散策に事欠かない地区に住む佳与子さんをちょっぴり羨ましいと思いつつ高見を後にする。