吟行記

平成20年1月号】


第41回 平成19年12月4・5日(火・水)

参加者 佳与子 節子 聖子 光子 真理子 由紀子

関門海峡・長府 (下関市)

 毎月の吟行を記録として残そうと吟行記を書いているが、書くのはいつも投句締め切りの20日を過ぎ先生からの御選も届いてからなので、吟行してから日にちが経ち大まかなことは忘れてしまう。すぐ書けばよいのだが、これは性格によるもので、せっぱつまらないと動かない。我ながら困ったものだと思いながら、この性格で55年近くなんとかやってきた。前置きが長くなったが、12月は早々と4・5日に吟行したので、ちょうど一ヶ月前のこと。年末年始を挟むと随分前のような気がする。記憶をもとに皆の句を読み返しながら再度あの日のことを思い出している。

 12月の忘年句会は一泊しようということになり、メンバーの日程調整、ホテルの手配など節子さんが取りまとめてくれる。吟行地は関門海峡と山口県の城下町「長府」。宿は関門橋が眼下に見える国民宿舎「海峡ビューホテル」。12月4日 門司港駅11時に集合。すぐに門司と下関を繋ぐ連絡船乗り場に向かう。海風が冷たいがその冷たさの中、船に乗り込むと十分旅をしている気分になる。20分おきに出港する連絡船に乗客もそこそこにいる。九州の門司から本州の下関に渡るには本数の少ない電車より便利だ。

  
「門司港船着場」               「下関側桟橋」

本州へ小船で渡る年忘          節子

桟橋の北風に寄り合い船を待つ   真理子

下関側の桟橋に降り立つと、左に水族館、右に河豚の競りで賑わう「唐戸市場」。昼の魚市場は競りはとっくに済み片付けもほぼ終わりがらんとしている。魚料理のレストランが市場の二階にあるので行ってみるが、ここは込み合っている。横の食事処・お土産屋の並ぶ「カモンワーフ」で昼食。目の前の海峡を行き交う大小の船や対岸の門司港レトロの街並みを見ながら、門司・下関地区が美しく観光化されたことを実感する。
下関市内には、源平合戦や幕末の長州藩の謂れある旧跡が点在しているが、今回は海峡に沿って吟行する。唐戸市場から大通りを隔てた所にある「春帆楼」に歩いて向かう。ここは明治28年3月「日清講和条約」の会場となった場所で、当時使われた調度品や貴重な資料が「日清講和記念館」に保存されている。「春帆楼」は戦災で全焼し復興したが、現在の建物は昭和60年に全面改装されたものらしい。庭には秀吉によって禁止されていた河豚料理を、伊藤博文によって公許された記念として「ふく料理公証第一号」の像が建立されている。その横に「李鴻章道」の立て札。

  
     「唐戸市場」                  「春帆楼・日清講和記念館」

河豚の糴すみし市場の旗風に    真理子

さねかずら李鴻章道といふ小径     節子

清国の全権代表「李鴻章」が暴漢に襲われた後、大通りを避け宿舎まで山に沿った小径を利用するようになったという道だ。当時と様子は変わっていようが石蕗の花が所々に咲いている細い道で、とりあえず歩いて行くと「藤原義江記念館」の矢印がある。ここまで来たからにはここもという事になり、細い石段を登って行く。結構きつい。辿り着くと門扉に「休館」の札が下げている。足の疲れですぐ引き返す元気もなく、芝生の庭が気持ちよさそうに広がっているので中に入ってみる。庭に立つと遮るものがなく海峡が見える。庭の風見鶏に「漂泊者のアリア」と刻まれた義江のモニュメントが立っている。ここから義江の美声が海に向かって流れたのであろう。古めいた洋館に人の気配は全くないが、冬薔薇や石蕗の花に何かしら安らぐ。

戸の閉まる音空耳か冬館       光子

登り来し館休館冬そうび       真理子

古びたる白亜の館冬薔薇       聖子

枯芝に影の伸びゆく風見鶏     由紀子

  
「赤間神宮」水天門                「源平合戦像」

「春帆楼」のすぐ横に安徳天皇をお祀りしている「赤間神宮」がある。珍しい真っ赤な龍宮造りは幼くして悲劇的な最後を迎えた安徳天皇を慰めるための造りらしい。境内の片隅には壇ノ浦の合戦に敗れた平家一門の墓(七盛塚)やこの神社に住んでいた琵琶法師(耳なし芳一)の「芳一堂」などがある。茶店で甘酒やぜんざいを注文。冷えてきた体を暖める。バスが頻繁に通る大通りで、バス停も神社入口前にあるので、神宮の入口にある由来などを読みながらバスを待っていると「国民宿舎行き」のバスが目の前を止まらずに通り過ぎた。これには慌てた。「国民宿舎行き」のバスは一時間に一本だ。バス停のベンチで待っていなければ乗るとは思われなかったのだろう。仕方ないので来たバスに乗り、二停留所目の「御裳川(みもすそがわ)」バス停で降りる。

団体の客どかどかと落葉踏み    由紀子

供華台の石に冬木の影さして      光子

暮れ早し宿へのバスに乗り遅れ   佳与子

バス停に取り残されて着膨れて    節子


展望台よりの夜景

「みもすそ川」バス停はちょうど壇ノ浦古戦場を眼前に臨む公園や関門トンネルの人道入口があり、ここも吟行地として最適な場所だ。ただここから宿の「国民宿舎」まで少々登らなければならない。冬紅葉、枯木立、木の実落つ、等など季語を頭に浮かべながら荷物を手に坂道を行く。
「海峡ビューホテル」の名前通り海峡や関門大橋が見える。夜は「河豚料理」に温泉。これだけでも満足なのだが、宿のサービスとして「夜景ツアー」のバスを出してくれるという。今は休館中の「火の山ロープウェー」の展望台までのコースで、他の客の利用がなく貸切状態。着いた展望台は外灯のみ。個人では決して行かない場所だが、そこから見る夜景は本当にすばらしい。関門大橋を挟んだ港の灯はもちろん遠く小倉・皿倉山など北九州の市街地の灯や反対側の周防灘の北九州空港の灯・山口の山側の灯など360度の夜景。前日の雨で空気が澄んでいるらしく「巌流島」までうっすら見える。空の星と夜景に寒さも忘れる。部屋で10句の句会。

着膨れて夜船絶えざる海峡に     真理子

海に道しるべの冬灯点々と       真理子

凍て星の光降り来る我が掌にも     聖子

同じ旗たてし小船の冬波に       佳与子

冬の日の出は7時半くらい。周防灘の方から茜色した雲が立上り、海峡には大小の船が行き交っている。三角の旗を立てた小船が目立って多い。海峡の朝の景色をゆっくり見ながら食事を済ませチェックアウト。二日目は10キロ先の長府の町を散策予定。バス停のある「みもすそ川」まで歩いて下り、長府行きのバスに乗る。
「城下町・長府」の歴史は古く見るべき史跡が多くあるが、時間が限られているので、「忌宮神社」「乃木神社」から土塀(練塀)の「横枕小路」を通り抜けて、長府毛利家の菩提寺の一つである「覚苑寺(かくおんじ)」に行く。紅葉寺として有名な寺でまだ紅葉が美しいかもしれないとの思いがあったが、銀杏黄葉と多少の紅葉が色を添えているほどだった。境内は広く銅像や和同焼の窯元もあり、風格のある神社だ。付近一帯は日本最初の貨幣和同開珎(わどうかいちん)の鋳銭所があった所らしい。

  
「覚苑寺」入口                   「横枕小路」

竹爆ぜる音して社年用意         節子

竹爆ぜる音にも怖じぬ冬の鳩     真理子

観音を辿る山道木の葉散る       光子

寺坂に並ぶ地蔵や冬ぬくし      佳与子

「長府毛利邸」を通り過ぎ「古江小路」を歩く。ここには侍医兼侍講職を務めた格式ある菅家の長屋門が残されている。通りは土塀(練塀)が続く城下町らしい町並みで観光コースの一つだ。歩きながら雰囲気の良い食事処を探す。長府には庭園をみながら美味しい食事のできるお店がいくつかあるので歩いてみるが、定休日だったり遠かったり。この辺りで休もうということで、目の前の檀具川沿いにある「祥(しょう)」という鄙びた店に入る。入るとまずかったかなと思わせるほどゴチャゴチャした部屋を抜けると、古布を使った小物や着物をリフォームした服が部屋部屋に置かれている。置物や額は年代物である。聞けば築100年以上する桂弥一の旧宅で、私たちが入ったのは店の裏口だったらしい。正面玄関は人力車が置かれ旧宅らしい構えをしている。鄙びた匂いが少し気になったが、歩き続けた体に安くて美味しい昼食と珈琲は美味しかった。檀具川に鴨が群れているのを所々に見ながら大通りまで歩き、バスで唐戸桟橋へと向かう。すぐに連絡船で門司港まで戻る。

本州に見える九州冬ざれて       節子

水鳥の喧嘩見てをり冬の川      由紀子

九州に帰る渡船の古暦          節子

門司港駅構内にある喫茶店にて句会。楽しい忘年句会でした。企画ありがとう。

  
「檀具川の鴨と川沿いの紅葉」


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