吟行記
【平成20年12月号】
 
 第52回 平成20年11月7日(金)
 参加者   節子 真理子 由紀子
 竈門神社・四王寺山 (太宰府市)
 
 今月は参加者三人の吟行句会なので、のんびりと筑紫の「宝満山」の麓を散策する予定。雨の予報にそれなりの準備を前夜にして、早朝に出張の夫を送り出した後、快速電車に乗って集合場所の大野城駅へ向かうはずだった。だが、たったひとつの忘れ物によって予定も気持ちも大きく変わることがある。この日がそうだった。いつもより早めの時刻にセットした目覚まし時計のスイッチをオンにするのを忘れていた。目ざめた時の時計の針に一瞬頭が真っ白。怒る余裕もなく出かけていった夫に申し訳なく思いつつ、自分も出かける用意をする。予定していた電車に乗れず遅れて着く。駅で待っていた節子さん、真理子さんの笑顔に救われたが、肩に重いものを掛けているようだ。前日の夕方から降りだした雨は止んだものの、まだ空は厚い雲で覆われている。句帳に「ずしりと重く時雨かな」「晴れぬ空晴れぬ心や」などの言葉が並ぶ。
 
 明らかに我にある非の冬の雲     由紀子
 
   
 
 節子さんの車で太宰府の町を抜け、天満宮の裏手になる宝満山の麓の「竈門神社」に着く。苔生した石段の先の鳥居を潜り、桜の冬木の中に混じる真っ白な山茶花を見ながら本殿へと向かう。大樹に囲まれひっそりとしているが、境内は手入れが行き届いている。この辺りは宝満山の登山口になっているらしい。標高829.6メートルの山頂には、大宰府の鬼門を封じたとされる竈門神社の上宮があり、また諸々の伝説や修験道の霊峰として歴史に彩られた山は、玄界灘や筑紫平野を見下ろし、英彦山から連なる山々を望むなど360度の展望の良さも重なって一年中登山者が絶えない。竈門神社の下宮は、その正面登山口の入口として親しまれている。昨夜の雨に濡れた木々が一段と神聖な雰囲気を醸しだす。
 
 この雨をさざんか梅雨とかや云う     節子

引っ掛かるものに山茶花かゝり散り   節子
 
   
 
 本殿下に鹿小屋がある。参拝後に社務所にて鹿の餌を買い求めると、禰宜がさつまいもを小さく切って皿に盛ってくれる。餌を持って小屋の前に立つと小鹿が寄って来る。急坂の広い小屋に何頭いるかわからないが、親らしい男鹿はじっと動かず上から餌を食べている子鹿を見守っている。
 
餌を待つ鹿おとなしく口寄せて      真理子

鹿の尾のくるりと回る冬の蝿       真理子

餌のすみし鹿それぞれに戻る場所   真理子

手より餌をとりし小鹿の離れゆき    由紀子

囲われて男鹿一頭柵の中          節子
 
 神社から登山道らしき道に出る。少し奥まった所に滝が見える。石も倒木も苔生している滝川には霧が流れはじめ、それ以上奥に入り込むことを拒んでいるようだ。道沿いの一軒のみある蕎麦屋に入る。客は他に二組ほど。粘りの強い自然薯を絡めて食べる蕎麦に一息つく。サービスの十割蕎麦ならではの団子も美味しい。
 
かりそめの行者姿の時雨れ行き    真理子

新蕎麦とありし看板登山口        真理子
 
   
 
 蕎麦屋の横の「山の図書館」をのぞいてみる。山に関する本が所狭しと並び、壁には山の写真や登山の道具が掛けられている。
男性二人が静かに本を読んでいる。ここは山愛好家の人によって自主運営されている全国でも数少ない山岳図書館。山登りの情報や交流の拠点として活動しているらしい。絵葉書一枚買って外に出る。
神社近くにある集落のような民家の中を歩く。黄色や赤い花が咲いているが名前が分からない。人とすれ違うことはなく、少し寂しげな路地を通り抜け竈門神社をあとにする。
 
栗の毬隅に積み寄せ山の家       由紀子

どこまでも猫ついてくる夕時雨       節子

一匹の子猫つきくる神の留守      真理子

水城へとつヾく山城谷紅葉
        真理子
 
 
 
 山から下りてまた山へ。今度は「四王寺山」。別名「大野山」と呼ばれるこの山は以前にも吟行したが、ここからは太宰府の町がよく見える。宝満山の自然歩道と連なる四王寺山の自然歩道も所々の紅葉が美しい。麓の温泉宿で10句の句会。二人は湯に浸かる準備をしていたが、それも忘れて駅へと急ぐ。

俳句作りの良さは色々あるが、思いを句にしてしまえば、嬉しいことは更に嬉しく、悲しいことは軽くなる。朝のずしりと重い気持ちは消えずとも軽くなり、神社の白い山茶花や山々の紅葉に気持ちが動く。有難い。またの機会にこの温泉宿の湯に浸かろう。
 
 
 
 追記:京都吟行の出発日も夫の出張と重なるが、二つの時計をセットオン、携帯電話の目覚ましも鳴らして同じことを繰り返すことなく送り出し、無事予定の京都行きの新幹線に乗り込む。この日在来線の遅れあり。早めに自宅を出たのが幸いし新幹線に乗れたが、何事も早めの準備が必要かと思う一日となった。
 
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