吟行記 【平成21年8月号】 |
|||
第60回 平成21年7月14、15日(火、水) | |||
参加者 佳与子 節子 聖子 光子 由紀子 | |||
博多祇園山笠 (福岡市博多区) | |||
法被に締め込み姿の男衆が目の前を歩いて行く。「流れ」が書かれた法被の背はピンと伸びている。7月14日午後の博多の繁華街・中州川端界隈は、この法被姿の男衆が「流舁き」にあわせて次々に集まってくる。お尻や太股を露にした締め込み姿が行き交う通りは、大勢の見物人も混じって祭り一色。これから二週間にわたる博多山笠のフィナーレ「追い山笠」に向けての山笠が動き始める。 | |||
追い山笠を明日といふ日の博多へと 佳与子 | |||
![]() ![]() <鹿島本館> <清道旗の笹の取り換え> |
|||
7月14日16時、櫛田神社近くの旅館「鹿島本館」に集合。2月の櫛田神社節分吟行時に予約を入れた宿は、今年も追い山笠中継を行なう九州朝日放送関係者の詰所になっている。一階の大広間は会議室、小部屋は締め込み室などの張り紙がされ、一般客は二階に泊まるようになっている。部屋に荷物を置き、先ず櫛田神社にお参りに行く。参拝者や祭り関係者が入替り立代りしているが、この時間はまだ混雑というほどではない。参拝後境内の追い山笠会場に桟敷席の後ろから入ってみると、ちょうど清道旗の上に付ける笹を取り替え中。それをぐるりと囲むようにテレビクルー達が櫓を組み、カメラなどの機材の点検をしている。機材には水がかかっても良いようにビニールや莚で覆われている。櫛田神社のシンボルというべき大銀杏の横にも櫓が組まれ、ここでは大太鼓が取り付けられている。本番を待つ神社の準備が着々と進んでいる。 | |||
山笠を見る宿は櫛田の神社前 由紀子 やぐら組む大型カメラ山笠を待つ 節子 清道旗笹も新たに雲の峰 光子 竿撓ひたる清道旗夏空へ 佳与子 追山笠の刻待つばかり清道旗 光子 大夏木櫓太鼓の組まれけり 佳与子 修理せし祭太鼓を櫓へと 光子 追山笠を告げる太鼓を櫓へと 光子 |
|||
![]() ![]() <櫛田神社での「追い山」準備の風景> |
|||
毎年桟敷席券は売り出し10分後には完売するプラチナチケット。桟敷席の入口付近にビニールシートを敷いて座っている女性がいる。桟敷席券を持っているが、券は指定席ではないので良い席に座るために待っているという。まだ開始12時間前。 追い山笠がこれほど人気を集めるようになったのは何時頃からだろうか。数百年以上の歴史がある博多山笠は昔から「山のぼせ」という言葉もある程だから、祭り参加者の博多っ子を一番熱くする祭りであることは間違いないが、いつからか各放送局が実況放送し、山笠の歴史や見所を詳しく説明している。それも年々熱を帯びていく。 |
|||
役職の札貼り出され祭路地 佳与子 手のごいと博多ではいふ祭かな 佳与子 少年のきびきび動く祭小屋 由紀子 |
|||
夜中から早朝にかけてぎっしり人で埋まる境内をしばらく眺め、「流舁き」の行なわれている通りへと向う。「流舁き」は、各町内を舁き山笠が駆け巡る。今年は舁き始めに必ず行なう「博多祝い歌」と「博多手一本」が入る所を見ることができなかったが、あちこちから聞こえる「オイッサ オイッサ」の声に祭好きな心が躍る。 約1トンもの山笠を26−28人の男衆が舁き上げて走る。舁き手要員は替わるタイミングを見計らいながら次々に替わっていく。山笠は常に動いている。 すでに勢い水の撒かれている通りから上川端商店街を抜ける。「土居流」「西流」の舁き山笠やアーケードに据えられた「走る飾り山笠」を見物し、那珂川沿いの博多人形店に立ち寄ったりしながら博多座裏の食事処「吉一」にたどり着く。ここで聖子さんと合流。通された二階の部屋の窓から流舁きが見える。女将さんは粋で美しい博多女の見本のような人で、料理もビールも美味しい。宿に戻って10句の句会。 |
|||
![]() <流舁き:1> |
|||
![]() <流舁き:2> |
|||
明日は午前3時起床。早く寝ようと句会後すぐにお風呂で汗を流して部屋に戻ると、鍵が開かない。宿の人に開けてもらうが開かない。仕方なく部屋替えとなる。鍵の開くのを待ち、置いていた荷物を手にしたのは午後11時すぎ。このドタバタ騒ぎですっかり眠気が去り、なかなか寝つけない。(由紀子のみ熟睡らしい) 睡眠不足の頭で3時半に神社の前に行くと、すでに大勢の人達が神社を取り巻くように集まっている。真っ暗な空に煌々と照らされた境内。道路は法被姿の男衆や警備の人、放送関係者や見物席を探している人が行き交っている。「櫛田入り」のよく見える歩道は見物人で埋まっている。前回見物した正面鳥居前の道路にも3−4列座り込んでいるが、ここが一番余裕がありそうなので陣取ると、後ろからぐいぐい押されて危ない。座って待つことにする。時間が経つほどに割り込もうとする人や通り抜けようとする人がいる。横に座る男性は誰も通らせないように声を荒げ、辺りは殺気立った雰囲気。眠たいどころではない。4時を過ぎる頃には全く身動きできないほどの人出となるが、風が出てきて用意した扇子を使うことなく過ごせたのは有難い。 |
|||
![]() ![]() <追い山開始直前の風景> |
|||
追い山笠の開始10分前の案内放送がされると、今年の一番山笠「東流」の子供達を先頭に男衆が境内に入り始める。座っていた人が立ち上がり始め、清道旗のある境内が見えない。7基の舁き山笠と上川端の「走る飾り山笠」の合計8基の山笠も神社脇から冷泉公園前にかけて待機しているはずだが、人の頭で見えない。かろうじて列をなしていく男衆の姿が人の間から見える。5分、3分、1分とアナウンスされる度に静かになっていく。それは緊張感のある静けさで、指揮者がタクトを振り上げた瞬間と同じ。5・4・3・2・ドーンと太鼓の音と共に追い山笠の幕が開く。午前4時59分。「櫛田入り」が始まる。 | |||
追い山笠の昂ぶる静寂五秒前 由紀子 | |||
張り詰めていたものが一気に動き出す。地鳴りのような「ヤッー」という掛声と共に舁き山笠が走り、ぴたっと止まる。静けさの中に一番山笠のみに許される博多祝い唄(祝い目出度)が聞こえてくる。唄い終えるとすぐにまた山笠が走り出す。タイムの放送と歓声。山笠が清道旗を回って境内を出るまでを「櫛田入り」と呼ぶのだが、そのタイムを競う。一秒でも早く走り抜けることに誇りをかける。歓声と溜め息と拍手が、二番山笠、三番山笠と続く「櫛田入り」の度に沸きあがる。 今年は櫛田入りを最後まで見ずに、「廻り止め」まで走る山笠を追いかけることにする。山笠は境内を出た後、「東長寺」「承天寺」前の清道旗を廻り、狭い路地や大通りを走り抜け「廻り止め」まで五キロのコースを走る。1トンもの山笠を次々に舁き手を交代させながら走るタイムレースは、真剣でなければ怪我人がでる。 役割分担され統制のとれた舁き手集団は必死の形相で走る。舁き手を叱咤激励し指揮する「台上がり」も交替する。前後3人づつの「台上がり」は、いつの間にか前後1人になっている。「招き板」を持って走る子供。幼子を抱えて走る父親らしき男。皆ひたすらに走っている。 |
|||
![]() <今年の一番山笠「東流」の櫛田入り> |
|||
招き板立てて山笠先走り 光子 舁山笠の台上がりまた交替し 光子 一瞬に舁き手交替山笠走る 佳与子 |
|||
見物客も走る。追い山笠のコースが書かれた地図を見ながら路地を抜け、大通りを抜ける。舁き山笠の通る道には必ず大きな桶やバケツが置かれている。「勢い水」と呼ばれる山笠に無くてはならぬ水。山笠を濡らし舁き手を濡らす水は安全に山笠を走らせる重要なもの。水をかける男衆もいる。沿道から水をかける地元の女性もいる。それぞれがそれぞれの役目を果たしている。 | |||
![]() ![]() <東長寺の住職> <勢い水> |
|||
舁山笠を追いかけ走る人を追ふ 節子 大樽に水溢れさせ山笠を待つ 節子 勢い水かける祭りの人となり 由紀子 この路地も勢い水あと祭町 佳与子 |
|||
ゴールの「廻り止め」に着く。ここにも多くの報道関係者と見物客が押しかけている。山笠がゴールする度にタイムがアナウンスされ、紙に張り出される。大きな拍手が湧き起こる中、舁き手は疲れてはいるが安堵の表情を浮かべ、大通りより全員揃って自分達の地区に戻る。 空はすっかり明るくなり、交通規制も解除されて、いつもの街に戻っていく。山笠はもう一度各地区でそれぞれ舁き廻り、すぐに解体される。夜を徹して走った街は祭提灯のみが残され、櫛田神社の能舞台では「鎮め能」が静かに行なわれている。追い山笠が終わり、今年の博多山笠が終わる。 |
|||
![]() ![]() <廻り止めと各流れのタイム> |
|||
追い山笠の前夜眠らぬ人の群れ 聖子 解きかけの露店にも客山笠の朝 聖子 山笠果てし飾り直ちに解かれけり 佳与子 あかつきに山笠解かれ博多かな 光子 飾り山夜明け前には解くという 節子 鎮め能明けゆく空に祭果つ 由紀子 |
|||
![]() ![]() <舁き山笠の解体作業> <鎮めの能> |
|||
舁き山笠を追いかけた体を宿で休める。男衆の必死な表情と汗、真剣勝負の緊迫感、統制のとれた集団のスピード感ある祭は、観客にとっても緊張とその後の爽快さを共有することができる。見終えた達成感と早朝から走り回った疲れを残して宿をチェックアウトし、また見るために足腰を鍛えておかねばと言いながら博多駅へと向い解散する。(真理子さんは愛犬の病気のため急遽欠席) | |||
![]() |