吟行記
【平成23年3月号】 
 
第79回 平成23年2月3日(木)
参加者 佳与子 光子 真理子  由紀子
 
東長寺・櫛田神社の節分会(福岡市博多区) 
 
昨年12月より嫁と生後1ヶ月の孫との同居が始まる。特別忙しいというわけでもなかったのだが、パソコンに向う時間が少なく、ホームページ更新が延び延びになってしまった。3月6日孫たちは引き上げ、また普段の生活に戻ったが、その後大地震、大津波、原発事故など未曾有の災害が起こり、4月に入ってもなお原発の不安が残り、東北のみならず日本経済全体に影響が及びそうな様相を呈している。1月、2月の事は遠い過去のことのように思え、ずるずると日が過ぎていくばかりだが、福豆を20個拾った櫛田神社や紅白の餅が飛び込んできた東長寺の節分会の日のことを、忘れないうちに書き留めておこうと思う。 
 
  
【東長寺-1】
 
皆の都合が合わず、1月の初句会がなく、2月もどうなるかと思っていたが、光子さんと電話で話しているうちに、一緒に櫛田神社の節分祭に行こうということになった。真理子さんにメールすると休みが取れたとうれしい知らせが入り、佳与子さんは当日の体調次第ということだったが、2月3日無事参加。折尾駅9時13分の快速で佳与子さん光子さんと合流し博多へと向う。佳与子さんは少し風邪気味のようだが、会話が途切れることなく、あっという間に博多駅に到着。歩いて集合場所の東長寺に行く。予定時間の10時半、すでに来ていた真理子さんとも合流。境内は大勢の人で埋っている。すぐに特設舞台に80歳を越えた司会役の善男と一緒に七福神がお出まし。ぎこちない動きがユーモラスで福を運んでくれそうだ。七福神の前列に善男善女たちが入場。一人一人紹介される。待ち長いが、拾う側は少しでも前へと詰めていく。 
 
  
【東長寺-2】
 
ちょっと面をずらし耳打ち鬼やらひ     佳与子 
 
これまでの経験で、豆撒きの豆を拾うには位置取りが重要。前列が一番有利なのだが、だいたい園児など子供たちが並んでいるので少し下がる。撒く人の年齢、性別から遠くには投げることが出来そうにないので、真ん中くらいに立っていると、次から次へ人が押し入ってくる。いよいよ豆撒き。上へ下へと福豆、ミカン、飴、餅が飛んでくる。
頭を掠め、手を掠めていく。皆必死なので、なかなか拾えない。どうにかこうにか福豆1個、飴2個と体に当っておちた紅白の小餅を手に入れる。佳与子さん、真理子さん、光子さんも同じようなものらしい。怪我せぬことが第一である。 
 
先ず眼鏡はずしとび来る年の豆       佳与子

拾えたる年の豆なり大切に           光子 
 
  
【東長寺-3】
 
間隔をおいて、2回目、3回目の豆撒きがあるが、本堂の護摩焚き法要の時刻が迫っているので、ビニール袋に靴を入れ本堂に上がる。広い本堂に皆座って時間が来るのを待っている。護摩焚きの真横の席は椅子が置かれ座布団もある。何人かが座り、まだ半分ほど空きがあるのでそこに陣取る。僧侶が7−8名ほどで準備を始める。法螺や銅鑼や太鼓の前に座り、護摩木を高く積み上げる。やがて静まり返った本堂に法螺の音が太く高く鳴り響くと、声明と共に護摩木が焚かれ始める。火勢は強くなり煙が本堂を包む。「歳徳 歳徳・・・」頭を垂れて聞き入る。護摩焚きが終わると、僧侶たちが一斉に教本で一人一人の両肩を叩いてくれる。「鬼やらい」である。
 
法螺の音と銅鑼にいよいよ追儺かな     光子

なやらいの護摩焚く煙覆い来し        由紀子

なやらいの護摩の火勢のまた強く      由紀子

消えてゆく護摩火に鉦鼓鬼やらひ      佳与子

教本で肩を叩きてやらふ鬼           佳与子 
 
  
【櫛田神社-1】
 
午前の護摩焚きが終り、まだ続いている豆撒きを見て境内を後にする。近くの日航ホテルで昼食。聖子さんとも連絡がつき、櫛田神社で待ち合わせる。聖子さんは午前中善女として豆撒きを済ませたらしい。
櫛田神社では、それぞれ祈願証に家族や自分の名前を書きお祓いを受ける。「開運厄除御守護」の御札と「開運豆」を頂く。
追い山笠会場でもあった特設舞台で豆撒きの声がしている。恒例の博多座で公演中の役者(今年は中村獅童)の豆撒きはすでに終わっていたようで、会場は混んではいたが、入れないほどではない。1回挑戦してみたが飴を2-3個拾えたのみで、再度挑戦する元気が残っていない。境内横で「恵方巻き」を買い、合流した聖子さんと一緒に皆冷泉閣ホテルの一階の喫茶室でゆっくりお茶を飲む。久しぶりの再会を喜ぶが、足腰の弱りや体調のすぐれない時もあるらしく、毎月の吟行を無理に強いることは出来ない。佳与子さんも万全な体調ではないので句会なしの吟行になったが、たまにこういう事もあっていいのかなと思う。 
 
  
【櫛田神社-2】
 
喫茶室を出て聖子さんと別れ、櫛田神社のお多福面の前で真理子さんと別れる。三人で博多駅に向おうとした時、後ろで「本年最後の豆撒きです」と放送している。時計は16時少し前。せっかくだからと博多駅方面に向いた足を180度向きを変えて豆撒き会場に戻る。最後を飾る豆撒きなので、年配の重鎮らしき善男善女がゆっくり並ぶ。こちらの位置取りは端のほうだが、年配の人が投げても届きそうな場所とみて動かず待っていると、やはり絶好な場所だったようで、飛んでくる、飛んでくる。最後とあって一つ残さずのばら撒き状態となり、拾うのが間に合わないくらい降ってくる。佳与子さんは横でみていたと思うが、由紀子も光子さんも興奮状態でお互いの収穫を見せ合ってニンマリ。締めの「祝い唄」と博多一本締めでお開きとなった会場を後にする。
 

【櫛田神社-3】
 
帰りの電車の中でバッグの中の櫛田神社の豆を数えてみると、由紀子20個、光子さんは確か16個(若干の違いはあるかもしれないが)と餅。「豆撒きは最終回に限る」と言いながら、東長寺、祈願の際に頂いた福豆を合わせて満杯になったバッグを抱えて今年の節分祭を終えた。
 
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