名句鑑賞
【平成22年7月号〜9月号掲載分】
 
【平成22年8月掲載】 
 
うす紅をさして芙蓉の愁かな (上川井梨葉)
 
 
八月に入ると芙蓉が咲きはじめる。九月いっぱいは咲いている。白い花、うす紅の花、酔芙蓉と呼ばれる色が変わる花、いろいろあるが、清純で、暑さに疲れた人々の目の憩いとなる花だ。朝に咲いて、夕べにはもうしぼんで落ちてしまう。樹の下には、しぼんで丸くなった落花が集まる。
大輪で華やかな花なのだが、どことなく淋しい花である。その淋しさをこの句の作者は「愁かな」と詠んだ。本当は芙蓉を見たとき、作者が愁いを感じたのである。それを芙蓉自体が愁いていると詠ったところにこの句の眼目がある。愁いているのは作者でなくて、芙蓉なのである。芙蓉の愁いが作者に移ったのである。
私の家の庭にも芙蓉が咲く。葉がくれに咲く芙蓉の大きな花はどこか淋しげである。まさに「芙蓉の愁かな」なのである。
 
上川井梨葉(1887〜1946)は東京の人。籾山梓月の弟。三田俳句会の中心だった。 
 
【出典:秀句鑑賞十二か月 草間時彦 】
 
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【平成22年8月掲載】 
 
提灯にほつほつ赤き野萩かな (渡辺水巴)
 
 
 
前述の蛇笏の句にも言えますが、水巴の場合も代表作として知られているものには、秋、冬の句が多いようです。しかも水巴は夜や夜明けの情景を詠うのが得意だったと山本健吉は指摘しています。この句は、「野萩」が秋の季語です。「提灯」の明りを頼りに野の道を行く。ふと気がつくと道辺のところどころに咲く「野萩」の花が照らし出されて現われるという風情です。「ほつほつ」は、一面にあるのではなくて歩くにつれて暗い中から現われてくる印象を捉えた語です。夜道の心もとなさを款っているのは提灯よりもむしろ野萩の紅の方でしょう。明治末年の作です。 
 
【出典:NHK 近代俳句鑑賞 廣瀬直人 評】 
 
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【平成22年7月掲載】 
 
七夕やくらがりで結ふたばね髪   (村上鬼城)
 
 
 
七月七日、牽牛と織女が天の川を渡って逢うという中国の伝説がある。
暑い一日の夕方、髪を解いて洗い、それを結い直しているところ。半裸に近い姿での女性の仕種を暗がりの中で彷彿させる。
「七夕や髪ぬれしまま人に逢う 橋本多佳子」の姉妹篇か。
「定本鬼城句集」(昭和15年刊)所収。 
 
【出典: NHK俳壇 巻頭名句鑑賞  鷹羽狩行 】 
 
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