名句鑑賞
【平成23年7月~9月号掲載分】
 
【平成23年9月掲載】 
 
こほろぎや塩も砂糖もくらがりに (鍵和田?子)
 
 
「塩も砂糖も」が落ち着いています。暗がりでコオロギが鳴いている。秋深まる思いの夜です(昼と考えても十分に鑑賞できるが、ここは夜としたい)。
この句では、コオロギに何を配するかによって、作者が俳句でどういうことを書きたいのか、その意向が分かってきます。ある人は農具や工作具や窯を配し、別の人は茶釜や能面を置くかもしれません。あるいはワープロ、あるいはカマドウマ(いとど)のような同じ虫を配する。家族や友人、はたまた、昆布や野菜など実にさまざまに配合するものが考えられますが、作者は、暮しにとって優しく身近なものを選んでいるのです。
女性にとっていちばん日常的なもの、と言ってもよいでしょう。そうしたものを淡々と句中に置くことによって、特別でない日常、静かに過ぎてゆく日常を労る心情が見えてきます。そして淡々と詠まれている分、秋の深まりゆく静けさ、優しさが感じられても来るのです。 
 
【出展:NHK出版 俳句 金子兜太 評】 
 
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 【平成23年8月掲載】 
 
鰯雲小舟けなげの頭をもたげ  (西東三鬼)
    
 
句集「変身」収録。昭和31年の作。
鰯雲は気象用語なら巻積雲となるが、鯖雲とか鱗雲などという呼び方と共に親しみ深い俗称である。
高度五千メートル以上、かつまた風雨の前兆を示し、鰯の大漁を知らせる雲というが、ことの真意は別として、いかにも秋雲らしい眺めである。折から洋上に一隻の小舟。大きな波のうねりを突き切って進む。波間に没したかと思うと、再び船首をあげて波頭に乗り・・・と、まさに生命あるものの健気そのものの姿であるという。小舟の躍動するさまを活写しながら、大空にひろがる鰯雲を背景として、爽快な印象を与える大柄な句である。 
 
【出典:NHK俳壇 季節の名句鑑賞 飯田龍太 評】 
 
 
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 【平成23年7月掲載】
 
夏草に機関車の車輪来て止まる (山口誓子)
    
 
 
 
草や木がもっとも繁茂するのは、何と言っても梅雨のあとの盛夏でしょう。六月にたっぷり湿りをもらった植物は、温度の上昇によって目に見えるほどの勢いで伸びていきます。それは人間の力を上まわる大自然の生の勢いです。このような夏草の持つ季感と、人間の発明した大きな力としての機関車とを対比させた名句です。
鋼鉄の塊のように力強い機関車。それが、まっ白い蒸気の噴出とともに、勢いよく繁った夏草の草むらの中に入って来ました。そしてゆっくり動輪が止まり、白い蒸気も止まって、みどり一色の夏草の世界となります。まるで、夏草の持つエネルギーが、近代文明の象徴としての機関車を押しとどめたかのように感じられました。やわらかい夏草に対して、鋼鉄の機関車を配することによって夏草の持つ盛夏の季感をいやが上にも盛り上げています。 
 
【出典:NHK俳壇 季語の生きた名句 鷹羽 狩行 評】 
 
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